「ロボットは道具として使うもの。現場の人が介護支援、自立支援に“してほしい”と思うものであることが重要です」。産業医科大・泉博之准教授は、介護現場で必要とされるテクノロジーの意味をそう語ります。泉氏が介護現場から見た本当に必要なテクノロジーとは? 本記事は「CareTex福岡」(2021年2月)での専門セミナーから要約して紹介します。
産業医科大学 産業生態科学研究所 人間工学研究室 准教授
大型金属製品製造に関する研究を通して、現場と向き合うためのノウハウを取得。現在は働く人の健康を守る産業医学の教育研究に全力を尽くし、特に職場における作業関連性運動器障害の研究に取り組む。
北九州の国家戦略特区事業では、介護ロボットやICT技術を用いて介護労働の生産性向上および高齢者活用に関する活動を行う。介護にかかわるさまざまな職務を分類、分析することから見えてくるいま現場でやるべきこと、テクノロジーを活用した支援策を提唱している。
介護ロボットを何のために、どう活用するのか。介護現場での作業分析などから私自身が感じたことをお伝えします。
施設利用者が楽しく安全に生活するに(QOL向上)
ロボットの役割として、施設利用者の生活の質(QOL)の向上は大事なことです。それはどのような内容があるのかというと、
- 安心安全な生活: 利用者の健康状態を把握して体調不良を教えてくれるようなシステムなど
- 安定かつ迅速な移乗・移動: 移動することは人にとってとても重要で、何かしたいと思えば必ずその場所に行ける、自分で動いて歩けるようになるもの
- 楽しい生活: 自由な移動、行動を支援してくれるもの。自分の意志で好きなように歩けること。また問題ない範囲なら良いとされる徘徊を支援できる仕組みなど
自由に歩けることは、楽しい生活に非常に重要なこと。さらに、さまざまな人と自然にコミュニケーションできるための仕組み、施設をまたいで麻雀や対戦型ゲームなどが可能になれば、楽しい生活の一部になるだろうと考えています。
そうしたことを実現する技術は、いまどのようなものがあるかというと、
- 健康状態を把握するのはセンシング
心電図、血圧、体温、呼吸など、それらデータを例えば主治医のいる病院に転送することで、異常が感じられた際など早めの対処につながる - 好きな場所に移動できる電動車イス
位置情報の検出技術で、自分がいま走っている位置把握から自動走行、どこを通れば安全にたどり着けるのかといった移動も可能に - 徘徊支援
誰がどこを徘徊していて、行ってもいい場所かダメな場所かがわかれば、大丈夫な範囲では自由に歩いてもらうことが可能になる。画像技術などで歩行の状態も把握することで、より安心できる徘徊支援が行える
それに高齢者に優しいICT技術といえば、目に優しいディスプレイ、シンプルでわかりやすいメニュー構成などがあります。
ほかにも多くの技術がありますが、デバイスなどモノのテクノロジーというよりは、人をきちんと理解して、どういうことをさせたいのか、そのために何をしたら良いかという意識がすごく大事なことです。
介護に必要なテクノロジーは高度なハイテク機能ではなく、重要なのは何をどう使い何を実現したいのかということです。それが、やはり現場から出てこないと良いものはつくれないので、そういう話をぜひ積極的にしていただきたいと思います。
介護者の労働力(QWL)を何とかしたい
施設利用者の次に、介護者の労働力(QWL:Quality of Working Life)における解決すべき問題があります。付加価値労働生産性の向上、要は効率良くさまざまな仕事ができれば、施設利用者に対して本当にしてあげたいことができるのではないかということです。
生産性は、得られた付加価値をどれくらいの労働量で行ったのか、何人何時間で行い、その結果得られた付加価値はどれほどかで決まってきます。
ここでいう付加価値は何かというと、施設利用者のQOLに結び付く活動です。逆に付加価値にはつながらないものの、しなければならない作業が介護現場にはたくさんあります。ロボットとの関りでは、人が行わなくても良い作業を見い出してロボットに処理してもらおうということです。介護職員が行うべきは、施設利用者と接する内容の仕事と考えます。
介護職員はどのような生活介助を行っているのか。介護作業を観察・分析し、データ化した結果、会議や記録、見守り等に最も時間が掛かっていることがわかりました。
この結果から、介護記録の省力化に、声掛けやつぶやき程度の音声データを時刻とともに記録として置き換えてくれる仕組みを提唱しました。自動的に蓄積されていけば、健康管理のビッグデータとしても活用できます。いま数社のメーカーが開発に着手していることろです。
また、職員の作業姿勢による介助作業負担に対する支援として、OWAS法という作業姿勢分析法を用いて作業分析を行っています。その結果から、可能な限り早く解決すべき作業は体位変換、移乗・移動支援など、ベッドサイドでの作業であることがわかりました。
そこで北九州市介護ロボット開発コンソーシアムで、ベッドの起き上がりからトイレまでの移動、便器への移乗など自動化して自立支援する空間づくりに取り組んでいます。そのときに何をしたか、どう立ち上がりができたかなど記録を取り利用者の状態把握に役立てることも考えられています。